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小さい出会い、長い付き合い vol.6 「向こうの星まで贈りもの」

小さい出会い、長い付き合い vol.6 「向こうの星まで贈りもの」

惹きつけられるように、何気なく偶然出会った“もの”が、生涯の相棒になったり、特別で忘れられない贈り物になったり。そんな、不思議な「ものとの出会い」をエッセイストの中前結花さんが綴る連載エッセイ「小さい出会い、長い付き合い」。今回は、そっと憧れている大切なご友人のお話です。




とある取材で、洋服の型紙をつくる「パタンナー」と呼ばれる人にお話をうかがったことがある。

平面のデザイン画を立体的な洋服にする仕事の話は、聞けば聞くほどおもしろかった。

生地も皆の仕事も無駄にすることができないから、一寸の間違いもあってはならないという。「すべてが完璧」で当たり前の世界だ。


その人は普段から、なんでも

「下調べを怠らない」

といった。家具や雑貨を買うときは、部屋の隅々まで採寸し、またどこかに出かけるときはその行き道もある程度想像しておくのだそうだ。

わたしは人生で一度だって、そんなことをしたことがなかった。

もう、部屋の四方の壁はどれも埋まってしまっているのに、新たに本棚を買い足して、しばらく「放し飼い」のように本棚が部屋の中央をウロウロとしていたことさえある。

根っからの、面倒臭がり屋なのだ。


そんなわけで、「わたしの真反対、星の裏側にいるような人だ!」と途方もない距離と差を感じて、「すごいなあ」「格好いいなあ」と取材中、ひとつ机を挟んだだけのこちら側から熱い熱い憧れの眼差しを送り続けていたのだった。



「星の裏側にいる人だ!」とまでは珍しくとも、日頃から誰かについて「なんて自分と違うのだろう」と思うことが、わたしにはよくあった。

あまりにも得意なことがかけ離れていて、憧れてしまうような知り合いや友人たち。

他の人と自分を縦に並べても仕方がないから、そう落ち着けるのかもしれないけれど、とにかくわたしはそんな人たちをいつも「別の場所」「少し遠く」に感じながら、すごいなあ……と眺めていることがとても多い。


中でも、とある友人に抱く気持ちはどこかちょっと特別なものがあった。




出会って5年ほどになる彼女は同じ歳で、編集者という職業だった。

無理矢理簡単に説明してしまうと、

「ちゃんとしているけれど、気を遣うほどキッチリとはしていなくて、とても信頼できるけど、どこか掴めない魅力を持った人」

そんな感じだ。

何よりも人付き合いがとても軽やかで、きっとどんな人とも程よい距離感なのだろうなあと想像ができる。でも、「隅々までは想像できない」「この人のことはまだまだ知れていないぞ」とふわり思わせてくれるのもまた、彼女の大きな魅力だった。


海外で働いてみたり、ギターをかじってみたり。夜のドライブを楽しんだり、時にはバイクに跨るという。そして、おもしろい本を古本から見つけてくるのが、とても得意だ。わたしにはそのどれもが、ちょっと色っぽくてかっこよく映った。





彼女とは、文章を書くスクールで知り合って、仕事を一緒にしたり徐々に食事に出かけたりするような仲へとなっていった。それでも出会ったときから抱く気持ちはほとんど変わらない。ずっとずっと「淡い憧れ」なのだ。ちょうど、「川の向こう岸できらきらと輝いている星」ぐらいの距離かもしれない。

遠すぎずよく見えるけれど、決して掴めない気がする。


同じものをおいしいねと言い合えるし、

「この本、読んでみてよ」

と渡せば、きっと、

「ここが最高だったねえ」

と、わたしたちは同じ箇所を指差すことができる気がする。けれど、まったく違う道をたどって来たのに、偶然ここで出会えたような。「知っていること」が互いにまるで違うのに、偶然同じ話ができたような。彼女と話していると、なんだかそんな、ちょっとさみしくてすごくうれしい感じがする。その心地がたまらなく好きなのだ。



そして、ある日たまたま立ち寄ったお気に入りの雑貨屋で「感謝の贈り物」のコーナーをわたしは見つける。頭には、近ごろ仕事でのやり取りも増えている彼女の顔がパッと浮かんだ。

「いつもはアイスカフェオレを飲んでいるようだけど、冷房の時期ならあたたかい紅茶もいいかもしれない」

そんなことを考えて、かわいい青いボックスのお茶をひとつ買って帰る。

「ティーバッグを、さっと乗せられる蓋があるといい」

と、デザインに惚れ惚れとした湯呑みも揃えた。

思わず自分の分まで欲しくなって買ってしまう。



蓋を裏返せばちょうどティーバッグを置いておくことができるし、小さなお茶菓子を入れるのにもきっと便利だろう。すっきりとした彼女によく似合うと思った。我ながら、センスの良い贈り物だ。



打ち合わせで一緒になった帰り道、暑い渋谷のアスファルトの上で、

「いつものお礼!」

と彼女に手渡すと、

「なになに。ありがとう!(笑)」

そう笑って気持ちよく受け取ってくれる。そんなところもいいなと思った。

そして帰り道、電車に揺られながら

「さっきのはね、日ごろの感謝の気持ちのお茶と湯呑みです!」

と自慢げにメッセージを送る。喜んでくれればいいけれど。


しかし、このときのわたしはまだ知らなかった。



調べれば、お茶のボックスに書かれたことば『SOMETHING BLUE』は「結婚式で花嫁が青色を身につけると幸せになれる」という言い伝えで、さらによく調べてみると、このボックスは結婚式で感謝を伝えるためのブライダルギフトだったそうな。


ちなみに彼女が結婚をしたのは、わたしたちがまだ出会う前のことで、どうやらずいぶんとトンチンカンな贈り物をしてしまったようだ。

博学な彼女はきっと気づくだろうけれど、そのうえでそうっと黙っておいてくれるはずだ。それがまた、なんとも恥ずかしい。



「下調べ」をサボるのも、ほどほどにした方が良さそうである。「星の裏の出来事だ!」だなんて怠けていてはいけないことを、向こう岸の星のような彼女におしえてもらったのだった。




中前結花

エッセイスト・ライター。元『minneとものづくりと』編集長。現在は、エッセイの執筆やブランドのコピーなどを手がける。ものづくりの手間暇と、蚤の市、本とコーヒーが好き。

Twitter:@merumae_yuka



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