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小さい出会い、長い付き合い vol.4 「レジャーシートは魔法のじゅうたん」

小さい出会い、長い付き合い vol.4 「レジャーシートは魔法のじゅうたん」

惹きつけられるように、何気なく偶然出会った“もの”が、生涯の相棒になったり、特別で忘れられない贈り物になったり。そんな、不思議な「ものとの出会い」をエッセイストの中前結花さんが綴る連載エッセイ「小さい出会い、長い付き合い」。今回は、ピクニック用のレジャーシートと大切なご友人のお話です。




「お花見してる」。


ただそれだけのメッセージが、レジャーシートの上に投げ出された足の写真といっしょに送られてきた。


「いいなあ」。


そんな間の抜けた返事を返すと、会話はそこで終わってしまった。

けれど、ふたりのやり取りはいつもこんな調子だ。今したこと、思ったこと、新しく知ったこと……。それをメモのように書き込んでは、「へえ。知らなかったなあ」「へえ。よかったねえ」などと感想を重ね合う。ただそれだけだ。


これが、もう何年も続いている。



その人とは5年ほど前、同僚として出会った。


職種も年齢も服装の趣味も特に同じではなかったけれど、きっと仲良くなれるだろうなあとなんとなく思った。

その「なんとなく」を頼りに「いっしょにランチ行ってもらえませんか?」と思い切って誘って、たしかふたりでタイ料理を食べたことで親しくなったのだった。

静かだけどおもしろく、ときどき妙なことを言うけれど、要らないことは決して言わない。そんなガパオライスをとてもおいしそうに食べる人だった。


それから「今度は飲みましょう」と言って飲みに行き、「今度は旅行に出かけましょう」と言って旅行に出かけた。「毎年行きましょう」と言ってそれは恒例になり、やがて同じ頃合に会社を辞めてからも特に離れず、程よい関係がずっと続いているのだ。


その人は、先輩ともお姉さんというのともちょっと違う。

けれど、同志とも仲間というのとも、やっぱり違った。

決してふたりは高め合うことがないし、かと言ってお互いを見下したり落ち込ませるようなことも絶対にしない。

言うなれば、ただぷかぷかと凪で浮かんでいる2つの浮きのようだった。


明確な何かでつながっているわけではないけれど、周りの影響を同じように受けながら、離れずにずっと傍で浮かんでいる。

そんな関係がとてもとても心地よかった。



けれど、今。

今度の波はあまりに長くて敵わない……とわたしは本当に困っているのだ。



「また京都に行こうね」

「瀬戸内海にも行こうね」

「蚤の市はいつ再開するかな」……


そんな言葉をお守りにしながら堪えている日々がもう3年目を迎えている。自宅も特に近くないものだから、なかなか気軽に誘うこともできなくなった。

そして、会社を辞めて独立したふたりはありがたいことにいつも仕事に追われていた。どちらかが「会いたいなあ」と思ってもどちらかは都合がつかない、そんなことが続く。

そして、ついには半年に一度ほど買い物なんかの用事に連れ立って出かける……それが、やっとの関係になってしまったのだ。



わたしは不満だ。大いに不満だ。


その人と行けば、さほど興味のない店も無限にたのしく感じられた。古道具屋なんかに入っては、「これは何かしら」「あれは何かしら」とただただひとつひとつを覗き込む。それだけで胸はうんと弾む。



その人は「食べること」をこよなく愛した。だから、いっしょに食べるものをわたしも同じようにして愛した。「ああでもない」「こうでもない」と話しながら口にパクパクと放り込むときも、ふたりただ静かに器なんかをまじまじ見ながら飲むカフェオレも、わたしは本当に大好きだった。


連絡は毎日のように取り合っているものの、こんなに会えなくなってしまって、

「あの人は不満じゃないのかしら?」

と考えると、それは余計におもしろくない気分だ。



そして、突然に送られてきたのが「お花見してる」のメッセージだった。

ビニールシートの上に足を投げ出して、桜なんかを見ている。

なあんだ、ぼんやりお花見をする時間はあるんじゃないか。


それを見て、わたしは急いでお気に入りのレジャーシートを見つけ、購入することにした。

​​工業用クレープ紙でできた赤のストライプだ。



「わたしもレジャーシート買いました!」

「良かったね」

「ちょっとひとりには大きすぎたかも……」

「良いじゃん。折って使えばいいし」

「そうかあ。折って座ればいいんだね」

「また芝生に休憩にきたよ」

「待って!わたしも近くの公園にいく!」



負けじとわたしもひとり、近くの公園でシートを広げる。



紙だから軽くて、紙なのに丈夫だ。

途中の道で買ったサンドウィッチを思いっきり頬張ったり、大胆に寝転んで本を読んだりもしてみた。



ごろりと寝返ってもひとりだけど、遠く離れたその人のシートと「つながってればいいのに」そう思った。

目を閉じて、大きな大きな魔法のじゅうたんのような敷物を想像してみる。おおよそ30キロもあるようなふたりの距離を掬(すく)ってくれるようなレジャーシート。

ふかふかと草の上を、自由に転がり放題だ。


息をしているように気持ちのいいシートの上で、そんなことを考えていたらすこし眠りそうになった。そうして、スニーカーをよじ上ろうとする一匹の蟻んこをぼんやりと眺めていて、ふうっとため息のように出てきた言葉は、

「会いたいなあ」

だった。



「仕事するかあ」

会いにいくためには、まとまった時間が必要だった。せっせと働いて、せっせと終わらせる。そして、その人に会いに行こうと思った。


「会いたいです。いつになったら会えますか?」

「5月の連休明けには会えるよ!」

「じゃあそれまで頑張ろう!」



そんなわけで今日もせっせと仕事を進めているのだ。

5月の半ばにピクニックに行く約束をした。青緑の芝の上に赤のレジャーシートを早く早く広げたい。




中前結花

エッセイスト・ライター。元『minneとものづくりと』編集長。現在は、エッセイの執筆やブランドのコピーなどを手がける。ものづくりの手間暇と、蚤の市、本とコーヒーが好き。

Twitter:@merumae_yuka



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